「変形性股関節症を手術で克服して、楽しく豊かな人世を送る方法」第246話 桜と感謝と幸せ

 

こんばんは、玉城領子です。

 

今、外はかなり雨が降っています。

豪雨です。

 

今日はその予報が出ていたので、

朝のうちにウォーキングに出かけました。

思い立ったらすぐやる…という目標が効きました。

 

私の散歩コースの千里川沿いの桜は、

満開を過ぎ、そろそろ散りかけて葉桜になりかけています。

 

風が吹く度に、・・・

薄いピンクの花びらが風に舞って

その花びらが、川面に浮かんで流れていきます。

 

いつもこの時期になると、

以前読んだ「桜守」という物語を思いだします。

 

人生に失望している身寄りのない主人公が、

満開の桜の神社で、

風に舞う桜により開いた時間のトンネルをくぐり、

昔の若かりし両親に出会います。

自分が、どれだけ望まれて生まれ、

大切にされていたかを知り、

今を精一杯生きようと思うという物語です。

 

昔に続く時間のトンネルが、

桜の散る事で閉じてしまうのですが、

今日の散りゆく桜に、私は両親との時間を思い出しました。

 

「花見はどこへ行くのではなく、

誰と観るのかが大切だ」と言っていた友人がいました。

ほんとにその通り、

思いだすのは、桜を誰と見たか…ですよね。

 

私は就職するまでは、花見に行ったことがありませんでした。

というのも、実家の庭に一本、

綺麗な桜があったからです。

満開の日の夜になると、

桜が咲いているだけで明るいのです。

その下で、家族で花見をしていました。

 

今考えると、父親と母親の作った庭は、

桜、五月、バラ、きんもくせい、りんどう、トルコ桔梗、すすきに至るまで、

四季折々の花が咲き、

とても風情のあるところでした。

 

それが、そこで生まれ育った私には当たり前すぎて、

何の感謝もしていませんでした。

 

中学生位になると特にです。

思春期もありますが、

両親よりも友達が大事とか…。

田舎なので、市内の学校まで遠いとか、

広い家が冬は寒いとか、

そんな文句ばかり言っていました。

 

今考えると、とってももったいない話で

いかに私が、自分の事しか考えてなかったのか、

よくわかります。

 

今は、いかに両親に守られて、

幸せだったのかという事ばかりが思いだされます。

 

当時の私は、

心の基線が高かったのです。

 

「当り前だと思っていることが、

実はどんなにありがたく、うれしいことか」

それに気づく事が出来ていませんでした。

 

目が見える事、耳が聞こえる事、

食べ物がおいしく食べられること、

排便が出来る事、

歩ける事、健康な事、

教育を受けられたこと、

何より両親がそばにいてくれたこと、

 

今は、それに加えて、

孫や子供がそばにいてくれること‥‥ 等々、

感謝する事は山ほどあります。

 

感謝する事は、幸せに気付く事です。

 

「幸せ、不幸せを、

決めているのは自分です」

 

幸せに生きていくには、

感謝する事は、とても大切なことです。

 

あなたも、身近にある自分の小さな幸せに、

気付いてください。

毎日が幸せになりますよ。

 

今日はこの辺で失礼します。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

おやすみなさい。