暖かい日が続いたと思ったら、夜はやはりまだ寒いですね。気温の差が激しいので、風邪をひかれてませんか。

やっぱり春は奈良のお水取りが終わるまでは来そうもありませんね。

今年は花粉が去年の6倍

噓でしょ(゜o゜)、私はヒノキに反応するんです。勘弁してくださいと思っています。

 

玉城領子です。

第一話をご覧いただきありがとうございました。

そこで、変形性股関節症の手術をしなくてはならないほど症状が悪化したという話をさせていただきました。

そうなんです。股関節専門のお医者様から手術の話は出たんですが、

なにせ生まれてこの方、盲腸以外の手術はしたことがない私は完全に尻込みしていました。

悪化していて長さの違うといわれても右足の靴の中に入れる中敷きを作ってもらいその場をしのごうとしていました。

股関節は、手術をしなければ明日をも知れない命…という事ではないし、当時50歳だった私に先生は無理に手術しようとはおっしゃいません。

痛み(激痛ですが)を我慢して不自由な生活でも、本人がそれでいいならそれも一つの選択肢です。

ただ、痛みが治まるわけではありません。手術をしないと激痛と一緒に暮らすことになるのです。

經驗のある方、わかりますよね。ホントに激痛なんです。

子供が学生だった私は「神様、あと10年なんとか働かしてください」と毎日神様にお願いしていました。

 

ある日、痛みをこらえて帰宅した私は、うちのマンションの入り口のメールBOXでしゃがんで立ち上がれなくなりました。

痛くて動けないし,帰宅していた当時は高校生の娘に助けに降りてきてもらったのですが、痛くて痛くて涙が出ました。

私の涙を見た娘は、その夜に私の妹に助けを求め、妹と一緒に再度診察をうけることになります。

まだ手術の踏ん切りがつかない私でしたが、一緒に行った妹の先生、手術してあげてください」の一言で

あれよあれよという間に手術が決まりました。

両股関節の手術ということで、会社に事情を話して休暇を3カ月取りました。

快く許可してくれた当時の上司に、今も深く感謝しています。

 

私の場合、両股関節ですが、同じ日に両方とも手術はできないとのことで、

最初に右脚の股関節、一か月後に右脚をかばって悪化した左脚の股関節という日程でした。

一回の入院で両股関節を手術するのです。

手術の種類は、両足とも人工関節置換術です。

当時(13年前)はインターネットもそんなに普及しておらず、この病気の理解の追い付いていない私は、

(まあ、それがかえって良かったのかもしれませんが、)

手術の当日まで、病気に関する詳しい知識もないままでした。

先生にお願いしたのは「一番長持ちする素材でお願いします」という事だけでした。

 

手術当日も、手術の同意書で「麻酔が覚めないなんてことあるの…、」と最悪の事態を心配する母親を見て

仕事とはいえ「母親には余計な話しなくていいのに、そうでなくても心配性なのに。」と看護婦さんを横目で見て(というか睨みながら)

「なるようになるわ」と開き直ってました。

 

この後、3時間に及ぶ手術は無事成功します。この続きは、次回第3話でお話ししますね。

ここから新しい人生の始まりです(^^)。